戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する―
書名 戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する―
著者 梶井 厚志
出版社 中央公論新社
出版年2002年11月25日 5版
目次
1: はじめに
2: 要約
3: 構成
はじめに
本書はゲーム理論による戦略的思考を身につける技術として書かれたものです。ゲーム理論とは、戦略的な考え方と行動方法を論理的、数学的に記述するすぐれたツールですが、本書では、数式は使わないでゲーム理論による戦略思考を解説しています。
戦略的思考の基本的なプロセスの解説から始まり、ゲーム理論で展開される概念を解説し、さらに日常的な具体事例を分析することで、戦略的思考の技術についてわかりやすく解説しています。
言うまでもありませんが、要約や構成に書いてある内容は本当に本書の1部分にすぎません。また、具体例のゲーム理論による解説は非常に面白く読めます。
戦略的思考の技術を知りたいと思っている方には、ぜひともお勧めしたいビジネス書の1冊です。
要約
戦略的思考とは
戦略的思考とは、戦略的環境にいることを認識して合理的に意思決定することをいいます。戦略的環境とは、自分および相手の利害が、お互いの相互関係、つまりお互いの行動や思惑により決まる環境をいいます。つまり、自分および相手のお互いの行動などにより利害が決まる環境において、合理的に意思決定することが戦略的思考となります。
戦略思考の過程
人は常に戦略的環境で生きています。自分の行動は必ず何がしかの影響を世界に与えます。そのため、人は戦略的環境から、つまり、自分と相手との行動や思惑などにより利害が決まる環境から無縁ではありえません。
戦略的思考の過程においては、まず、戦略を考えたい範囲を確定することから始めます。新商品の販売という戦略を考える場合には、その新商品とは関係のない自分のデートのプランは分けて考える必要があります。
戦略の範囲を確定したならば、自分がとりうる戦略、相手がとりうる戦略の集合を考え、それら戦略の組み合わせにより生じる利害を考えます。また、時には、自分が有利となるため、自分および相手がとりうる行動を操作する必要もあります。
戦略の組み合わせを考えたならば、自分にとって、そして相手にとって最善となるであろう戦略を選択することとなります。
リスク
リスクとは不確実な戦略的行動をいいます。相手の戦略的行動の不確実性を軽減するためには、相手の戦略を先読みすることが必要となります。
また、自分の行動が相手にわかっていると不利益を被る場合もあります。じゃんけんで、自分が出す手をあらかじめ知られているような場合です。そのため、時には、自分でリスクを作り出す必要もあります。
インセンティブ
人の行動には、必ずそのような行動を起こしたインセンティブがあります。そこで、相手の行動を操作するため、相手に自分が有利となる行動をさせるインセンティブを与える方法があります。
たとえば、低価格で商品を仕入れたいのであれば、長期にわたり相手から多量に購入する契約を結んだりするような方法です。
コミットメント
コミットとは、自分または相手が将来とる行動を表明して実行することをいいます。コミットメントとは、その行動や約束の内容をいいます。
自ら次にとる行動をコミットすることで、または相手にコミットさせることで戦略の展開が有利となる場合もあります。
たとえば、契約はお互いの行動をコミットすることで双方に利益をもたらす方法ともいえます。
ロックイン
ロックインとは、スイッチングコストを利用して、相手の行動などをしばり、自分に有利となる行動をとり続けさせることをいいます。
たとえば、新しい顧客に新しい商品を買っていただくには多大なコストがかかっても、その顧客が習慣的にその商品を買い続けていただくようになれば、コストはさほどかからなくなります。顧客にとっても、知らない商品に手をだすよりは、使いなれた商品のほうが使いがってがいいというメリットがあります。
シグナリング
シグナリングとは、自分がもっている情報を相手に伝える行動をいいます。または、相手がもっている情報を自分に伝える行動でもあります。
シグナリングにより、自分に有利な行動を相手にとらせることが可能となる場合もあります。
自分と相手とでは、持っている情報には差があります。自分では自社製品のことがよくわかっていても、相手にはそれがわかりません。そのため、シグナリングにより、自社製品の良さを伝えるのです。ただ、偽物も同じシグナリングが出せるとなると、顧客にはどちらがいいのかがわかりません。そこで、偽物にはだせないシグナリング、たとえば返品保証制度などが、意味をもってきます。
スクリーニング
スクリーニングとは、自分が知りたい相手の情報を引き出すことをいいます。相手がもっている情報がわからないため、相手にシグナリングをして情報を開示してもらうのです。当然、相手が自分にスクリーニングをする場合もあります。
スクリーニングにより、自分に有利な行動をとらせることが可能となる場合もあります。
たとえば、「10年間無事故の方は保険料がこんなに安くなります」という宣伝文句は、10年間無事故であるリスクの低い顧客をスクリーニングすることになります。そして、リスクの低い顧客に対しては、低い保険料の設定が可能となるのです。
モラルハザード
モラルハザードとは、相手の行動が観察できずにわからないために生じる問題をいいます。観察できない行動にインセンティブを与えることが難しく、また、観察できない行動についてどんなコミットメントをしても信頼されないという問題といいます。
たとえば、保険に加入することで運転が慎重でなくなったり、また、慎重な運転をすると表明しても、保険会社ではその慎重な運転が観察できない以上、その表明は信頼性がありません。
モラルハザードを適切に解決することで、自分に有利な行動をとらせることが可能となります。
たとえば、保険など長期にわたり無事故であれば保険料を安くするという制度は、保険加入者に対して、安全運転をさせようというインセンティブを与えることといえます。
構成
本書は全部で11つのパートに分かれています。
第1章
戦略的環境、戦略的行動、そして戦略について解説しています。
そして、戦略思考のプロセスについて、体系的に解説しています。
第2章
戦略的思考の原則である「先読み」と「均衡」について解説しています。
戦略を選択するにあたり重要なのは、自分および相手の戦略を先読みし、しかも相手は相手の立場で最善を尽くすと考えて先読みをするということです。そして、お互いが最善の行動をとるような戦略の均衡状態を考え、現在の戦略を選択します。
また、先読みの応用として、自分がある行動をコミットすることで有利に戦略を展開できる場合もあります。
さらには、お互いが相手をどれだけ知っているのか、そして、お互いがどれだけ知っていることを知っているかなど、双方の情報の構造を知ることも重要となります。
第3章
リスクについて解説しています。リスクとは不確実性をいい、環境リスクと戦略的リスクとがあります。
また、戦略的にリスクを作り出す必要性とその方法についても解説しています。
第4章
インセンティブについて解説しています。インセンティブとは特定の行動を引き出すための仕組みをいいます。
インセンティブの種類、人の行動を変えるインセンティブ、そして適切なインセンティブの強度などについて解説しています。
第5章
コミットメントについて解説しています。コミットとは自分が将来とる行動を表明して確実に実行することをいい、コミットメントとは、その内容をいいます。
有効なコミットメント、相手や自分にコミットさせる方法、交渉術とコミットメントについて解説しています。
また、コミットメントとは逆の戦略であるウェイトアンドシー戦略が有効である場合や、コミットメントの失敗であるホールドアップとその対策についても解説しています。
第6章
ロックインについて解説しています。ロックインとはスイッチングコストにより行動が拘束されることをいいます。
ロックインの種類やその有効性について解説しています。
第7章
シグナリングについて解説しています。シグナリングとは、自分の属性(好みや性向、能力など)の違いを行動の違いで知らせることをいいます。
効果のあるシグナリング、ビジネスチャンスが生まれやすくなるようなシグナリングの方法などについて解説しています。
第8章
スクリーニングについて解説しています。スクリーニングとは、相手の属性(好みや性向、能力など)の違いを行動の違いとしてふるい分けることをいいます。相手にシグナルを出させるために、意味あるシグナルを用意しておくことともいえます。
スクリーニングが適切に働くための条件、スクリーニングの問題である逆選択とその対応について解説しています。
第9章
モラルハザードについて解説しています。モラルハザードとは、相手の属性(好みや性向、能力など)はわかっていても、相手の行動が観察できないために生じる問題です。相手の行動が観察できないため、特定の行動をとらせるインセンティブ契約が困難であり、また、相手の行動に対するコミットメントは、観察できないがゆえに信頼できないという問題といえます。
モラルハザード問題を解決するためのインセンティブ契約の条件、モラルと長期の信頼関係や長期的成果との関係などについて解説しています。
第10章
価格競争について解説しています。価格低下の原因にはいくつかの種類があり、昨今の価格破壊は価格維持コミットメントの破たんにあるとしています。
価格維持コミットメントの種類として、価格規制や減量経営のコミットメント、差別化による価格競争回避などについて解説しています。
第11章
オークションについて解説しています。オークションとは、販売目的の出品物を、各々の買い手がその購入をめぐって競争することをいいます。
オークションの種類とそれらオークションにおいて考えられる最善の戦略、そして、戦略的認識を変えるオークションの微妙な綾について解説しています。